臥雲山 即宗院について

臨済宗東福寺派、大本山東福寺塔頭。嘉慶元年(1387)九州薩摩藩島津氏久公が、剛中玄柔禅師(東福寺第54世住持)を開山として建立。薩摩藩の菩提寺 で氏久公の法名「齢岳玄久即宗院」から寺名とした。

寛政11年(1799) 発行の「都林泉名勝図絵」にも名園として紹介されている。庭園は現在京都市名勝に指定され、紅葉の美しさと千両の鮮やかさで有名である。

西郷隆盛と月照(京都清水寺の勤皇僧)は、王政復古を志し、新撰組や幕府の追っ手を逃れこの即宗院の採薪亭で幕府転覆の策をめぐらした。西郷隆盛はその 後の苦難を乗り越え、鳥羽伏見の戦い(慶応5年)から勝ち進み勝利を手中にした。戦いの戦死者524霊を弔うためこの即衆院に半年間滞在し碑文を書きしたため、明治2年に「東征戦亡の碑」を建立した。

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大本山東福寺 塔頭 即宗院 〒605-0981 京都市東山区本町15丁目813番地

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